我が国の教育改革はどこへ向かうのか――「学びの本質」を問い直す
※本記事は、東大・慶應義塾大学SFC特任教授 鈴木寛(すずき・かん)氏のNEW EDUCATION EXPO2025での講演をまとめたものです。
鈴木寛氏は、文部科学副大臣や教育再生実行会議委員などを歴任し、現在は東京大学公共政策大学院および慶應義塾大学SFCにて教鞭をとる教育政策の専門家です。特に、探究学習や公教育改革、地域教育イノベーションの推進に取り組み、日本の未来の学びをデザインし続けている第一人者のひとりです。
今、教育現場に何が起きているのでしょうか?
PISAの結果を目にしたとき、日本は実施国中1位。
「日本の教育はレベルが高い」のです。
しかし一方で、心の幸福度をはかるWB(ウェルビーイング)は最下位。
これはどういうことなのか?
日本の子どもたちは、学力・公平性の面では世界のトップクラスで、「学校は楽しい」と答える生徒は7割以上いるのに、なぜ心は満たされていないのか。そのギャップについてまずお話しされていました。
子どもたちの心の声――なぜWBは低いのでしょうか?
(出典:PISA 2022)
- 日本の15歳の生徒のうち、約84.1%が「学校で友人と学ぶのが楽しい」と回答
- しかし「精神的な幸福度」ではOECD加盟国の中で最下位
- 「家族から強いサポートを受けている」と感じる日本の生徒は最下位水準
特に注目すべきは、「家族からのサポートを感じていない」と答える子どもが多いというPISAのデータです。
友だち関係がうまくいっているように見える子でも、例えば「家では親と話さない」「わかってもらえない」という状況があるということです。
鈴木寛氏は「これは親や家庭が悪いのではなく、社会全体の問題として捉えなくてはならない」と話していました。おそらく働き方や家族観が関係しているのではないかと。そのため、週に一回でいいから早く仕事から帰って家族の時間を持つようにとのことでした。
つまり、家庭の温かさが子どもの心の土台になることを、私たち大人はもっと意識していく必要があるということなのでしょう。
実際、PISAのデータによれば、子どもたちが最も大切にしている人間関係は「友だち」ではなく「保護者」との関係とのこと。
変化する子どもたちの学びのスタイル
(出典:文部科学省「全国学力・学習状況調査2023」より)
- 「勉強の仕方がわからない」と答えた高校1年生:約76.5%
- 自律学習に「自信がある」生徒:約34%、残る6割超は不安を抱えている
- 「好きなことを追求できる環境があれば学びたい」:67.6%
子どもたちは「自律的に学ぶこと」に対して強い不安を感じています。実際、高校1年生では約76.5%の生徒が「勉強の仕方がわからない」と答えています。一方で、「好きなことを追求したい」「マイペースに学びたい」と考える生徒も多く、新しい学びのかたちを望んでいることがうかがえます。
授業の限界?カリキュラムオーバーロードと不登校の増加
(出典:文部科学省・令和5年度不登校児童生徒数)
- 不登校の小中学生:約299,048人(前年比22.1%増)
- 中学3年生の不登校:約8万人/1学年90万人のうち約1割
- 学習内容の比較(出典:国立教育政策研究所)
- 小学校の学習内容(昭和46年比):約3倍に増加
- 中学校:1.5倍に増加、授業時間はむしろ減少
学習内容は昭和46年と比べて、小学校で約3倍、中学校で約1.5倍に増えています。ところが、授業時間は逆に減っており、学習の「詰め込み感」は否めません。このような背景の中、不登校の児童生徒は年々増加し、現在では35万人を超えています。特に中学3年生では、約8万人が学校に通っていないという深刻な現実があります。
「朝8時登校」は、本当に必要ですか?
鈴木寛氏は「朝8時にみんなで集まる」という時間割は、実は工場労働者時代の名残。でも、現代の働き方はリモートも当たり前の時代。子どもたちの学び方も、もっと柔軟でいいのではないでしょうか、とのことでした。すべての子どもを無理に学校へ戻すのではなく、それぞれに合った「多様な学びの場」を認めることが大切ということなのでしょう。今後の塾の在り方についても考えさせられます。
地方と都市の格差、そしてICTの活用
ICTの整備状況は、都市部と地方で大きな差があります。たとえば渋谷区では高度なICT活用が進んでいますが、小規模な自治体では、指導主事すら配置できないケースもあります。また、学習スタイルとして「聴く」が向いている人が7割以上というデータもあり、認知特性に応じた学びの最適化が必要とされています。
そのような中、AIの力を借りて学びをサポートする「学習伴走支援」が注目されています。教室の内外、教師の有無に関係なく学べる環境を整えることで、子ども一人ひとりに最適な学びを届けることができます。「努力を強いる」のではなく、「その子に合った方法を見つけてあげる」ことが、これからの教育の公平性につながるのではないでしょうか。
教育改革のキーワードは「内発的動機づけ」
これまでの日本の教育は、受験や就職といった「外からのプレッシャー」による動機づけが中心でした。しかしこれからは、「好奇心」「探究心」といった内発的な動機づけがより大切になります。「何を・どこで・誰と・どうやって・いつ学ぶのか」。こうした選択を、子ども自身がしていける環境づくりが求められています。
地方から始める未来教育
私たちの地域・大崎でも、新しい学びの場をつくれないかということは常に考えています。地域の特性に根ざした探究的な学びについて考えていくことは急務だと感じています。実際、東北大学では総合型選抜を全入試方式に拡大する方針があり、山形東高校の事例が紹介されていましたが探究学習のスタイルが大きく変わってきています。地方だからこそできる教育の形をいかに地域の方々と共有していけるか。これが、今後課題になるかもしれません。
今求められる「学びの再設計」とは
鈴木寛氏は、これからの教育改革では、「学校に来ている子ども」だけではなく、「学校に来られない子ども」にも目を向ける必要があります。AIやデジタルの力を活用し、個別最適化と協働学習をうまく融合させながら、新しい学びを創り上げていきましょう、とセミナーをまとめられていました。そして最後に、今、日本の教育は大きな転換期にあるということを強調してセミナーは終了しました。
考察
後日スタッフとこの内容についてディスカッションをした際、
PISAより、現状日本の教育はトップレベルにある。
なのに、なぜICT教育をさらに推進しなければならないのか?という話が出ました。
これは、現状の教育がいか学校現場の先生方の人的努力で維持されているか、ということを表している一方で、人口減少が止まらない中この教育水準は確実に維持できなくなるということを示唆しています
だとしたら、国としては、今のうちにテクノロジーの力を使った新たな道を模索しよう、となるのは当然のことです。
しかしながら、早くチェンジしないと良質な教育レベルが保てなくなる、という危機感はまだ民間レベルには届いていない温度感かもしれません。